ウェルビーイングの成り立ちは?

作成日:2022/2/25(最終更新日:2022/2/28)

「ウェルビーイング」の定義

世界保健機関(World Health Organization: WHO)が1946年に定めた「世界保健機関憲章」の前文において、「健康」は、以下のように記述されています:

健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態にあることをいいます。

(日本WHO協会仮訳)

現在、様々な文脈で「ウェルビーイング」が語られる際には、このWHOによる「健康」の定義が用いられています。



「満たされた状態」を測るのに必要なものとは?

これまで、肉体的(身体)・精神的・社会的な「健康(ウェルビーイング)」や「満たされた状態」を判断するために、客観的な測定(値)が用いられることが多くありました。

客観的な測定(値)とは、例えば、身体的健康で用いられる医学的な数値がわかりやすいでしょう。日本では、企業の多くの方が「健康診断」を受け、病院などで様々な数値を測定します。それらをもとに、医学的な問題の有無をチェックしています。

過去には、ウェルビーイングの達成度合いを測るため、こういった客観的な指標が多く用いられてきました。特に、ウェルビーイングの前提には間違いなく「生存に関わる問題」があり、その解決や改善が多くの人の関心であった時代が長く続いていたからです。

国家においては、GDPがその代表的な指標です。GDPは、「Gross Domestic Profit: 国内総生産」であり、一定期間内に国内で生み出された物やサービスの付加価値の合計を表します。各国がどのくらいの経済力を持っているかを表す方法として最も多く使われ、特に「実質GDP(実質国内総生産)」では、物価変動を除外した数値を見て、その前年度との比較をパーセンテージで表すことにより、その国がどのくらい成長したのか(経済成長率)を測るために用いられています。

GDPが考案されたのは、1930年代。

当時は、世界大恐慌から第二次世界大戦に至る時期でした。GDPの当初の目的は、大恐慌の経済的影響を測り、また、戦争のための軍事調達にどの程度の余力があるかを把握するためのものでした。この時、GDPは「生活の豊かさ」や「幸福度」を測る目的でつくられたものではなかったのです。しかしながら、これまで長い間、GDPは経済的幸福の基準として世界的に用いられ続けてきました。

経済的な成長や豊かさが、その国に暮らす人たちの幸福を表すかどうかについて、ある程度はその役割を果たすでしょう。マズローの「欲求5段階説」でも説明されるように、「生理的欲求」や「安全の欲求」は、人間が幸福を感じるための基盤にあり、社会の経済的な安定や成長が多くの人の生命を支えているのは明らかです。第二次世界大戦からその後しばらくの日本社会はまさに、混乱と激動の中で、これらの基盤を整えることに大きな関心とエネルギーを注いできました。そして現在もそのような段階にある社会・国家は多く存在します。

しかし、GDPは、あくまで量的な拡大や物質的な豊かさを重視するものです。

GDPには、家事労働など無償の労働は経済活動としてカウントされません。また、気候変動に代表されるような環境問題など、経済成長の中で失われたり損なわれたりするネガティブなインパクトは考慮されません。そのうえ、その経済成長で得られた富の分配についても考慮されないのです。

世界全体のGDPは、2019年時点において1960年比で約60倍の規模に達するほどに成長を遂げています。しかしながら、世界規模での経済危機、経済格差の拡大、気候変動に起因する様々な自然災害や環境の変化… GDPの成長が、私たちの「満たされた状態」を生み出すものではないことが明らかになってきています。

そのような状況を背景に、これまでも、GDPの限界を認識し、「私たちはどういった状態を理想とするのか」を定義し、それを実現するための指標、「ウェルビーイング」を達成するために適した指標を求めて、研究や取り組みが進められてきました。そして、この2年あまり、新型コロナウイルス感染症のようなパンデミックに直面し、私たち一人ひとりの暮らしや心身の状態が大きく揺さぶられる中で、一層の注目を集めているのです。



「主観的(快楽的)ウェルビーイング」と「持続的ウェルビーイング」。

1980年代以降、米国の心理学者であるエド・ディーナーらによって「幸福度」「主観的ウェルビーイング」を測定する研究が始まり、以降、「ウェルビーイング」の定義づけとその達成に向け、何を指標においていくのかについての様々な研究、議論や実践が続いています。

ウェルビーイングには、大きく3つの種類に分類されます:

  1. 医学的ウェルビーイング

    心身ともに病気ではない状態のこと。健康診断などの数値的な測定や、メンタルヘルスについて質問表によるチェックなどで測るもので、これまで長い間研究がなされ、私たちの意識や暮らしの中にも浸透しています。

  2. 快楽的ウェルビーイング

    一方、医学的な側面だけでは測れない、「個人が幸福や生活への満足度をどう捉えているか」についてを、前述の「主観的ウェルビーイング」で測っていきます。エド・ディーナー氏が開発した「人生満足度尺度」では、以下の5つの質問について「まったく当てはまらない」から「非常に当てはまる」まで、1点〜7点の点数を「自己報告」させることで、個人の満足度を測ります。

    ・ほとんどの面で私の人生は理想に近い。

    ・私の人生はとても素晴らしい状態だ。

    ・自分の人生に満足している。

    ・これまで自分の人生に求める大切なものを得てきた。

    ・もう一度人生をやり直せるとしても、ほとんど何も変えないだろう。

    国連が2012年以降、「国際幸福デー」に毎年発表している「世界幸福度調査」の設問においても、主観的ウェルビーイングとして「生活評価」と「ポジティブ感情」「ネガティブ感情」が尺度として用いられています。

    ただし、こういった設問について、個人が一時的な感情によって回答することや、豊かさとしてカバーする範囲が狭いのではないかといった見方もあります。

  3. 持続的ウェルビーイング

    近年「ウェルビーイング」と言われる際にメインとなるのが、この持続的ウェルビーイングです。

    各人が、その心身の「潜在能力」を発揮したり「人生の意義を発見」すること、「自己決定権」を持っていることなど、持続的・包括的な豊かさをとらえる指標です。その状態は、「フラリッシング(flourishing)=開花」と表現され、日本語では「持続的幸福感」「いきいきとした状態」と訳されることもあります。

    例えば、ポジティブ心理学の提唱者であるマーティン・セリングマン氏は2011年に発表したPERMA理論で、以下の5つを指標としています:

    ・P : Positive Emotion(ポジティブな感情)

    ・E : Engagement(エンゲージメント、没頭)

    ・R : Relationships(ポジティブな関係性、人間関係)

    ・M : Meaning and Purpose(人生の意味や目的)

    ・A : Accomplishment(達成感)

これら1〜3の考え方をベースにして組み合わせながら、人々が一生を過ごしていく中で、肉体的・精神的・社会的に「いきいきとした状態」が続いていくことを目指す、そのための指標づくりや測定、また改善や実現に向けた取り組みが、世界的に行われるようになってきているのです。



ウェルビーイングに関する国際組織や各国の取り組み

「ウェルビーイングの定義」と「ウェルビーイングの指標」は一体ですが、様々な国際組織、各国政府において、何をウェルビーイングと定め、また何を指標とするのかは一様ではありません。

前述の、国連による世界幸福度調査では、自分自身の生活への満足度やポジティブ・ネガティブな感情についての主観的ウェルビーイングを測るほか、主観的ウェルビーイングに影響を与える要素としての「GDP」「社会的支援」「健康寿命」「人生の自由度」「寛容度」「国への信用度」を加味して算出されています。

ヨーロッパ諸国を中心に、米国・日本など先進国38カ国が加盟するOECD(経済開発協力機構)は、2011年から「OECDより良い暮らしイニシアチブ(OECD Better Life Initiative)」を開始し、「よりよい暮らし指標(BLI: Better Life Index)」と呼ばれるウェルビーイング指標に関する研究プロジェクトを行っています。

BLIは、暮らしの11の分野(住宅、所得、雇用、社会的つながり、教育、環境、市民参画、健康、主観的幸福、安全、ワークライフバランス)から構成されています。これら「現在の幸福」を測る指標とは別に「未来の幸福のための資源」として、「自然資本」「経済資本」「人的資本」「社会資本」を追っていることも特徴です。また、一国としての全体の様子を測るだけでなく、「男女間の格差」「世代間の格差」「学歴の異なる人々の間の格差」「上位層と下位層の間の不平等」といった分布にも目を向けています。

「幸福度」といえば、ブータンにおけるGNH(Groth National Happiness: 国民総幸福量)が有名ですが、現在は各国政府が、自国のウェルビーイングについて指標を定め、測定し、向上させるための検討を活発化させています。

例えば、イギリスにおいては、2010年以来、国家統計局により「国のWell-beingの計測に関するダッシュボード」として、国の経済指標にのみよらない個人の状態を把握し、その改善につながる政策や事業を推進しています。

また、ウェルビーイングを測ろうとする動きは政府のみでなく、各種の団体も取り組んでいます。

例えば、ニューエコノミクス財団によるHappy Planet Index(地球幸福度指数)はエコロジカル・フットプリント(人間活動が環境に与える負荷の大きさを表す指標)を盛り込んだうえで、その幸福の持続性を測っています。世論調査などで有名な米国ギャラップ社と日本にベースを置く公益財団法⼈Well-being for Planet Earth(WPE)は、2020年よりGlobal Wellbeing Initiativeを始動。これまでの指標では捉えられていない、各国・地域における文化や価値観の多様性を反映させた国際標準の新指標を提案しています。


日本におけるウェルビーイング は?

日本では、2019年より、内閣府による「満足度・生活の質に関する調査」が実施されており、その目的は、「我が国の経済社会の構造を人々の満足度(Well-being)の観点から多面的に把握し、政策運営に活かしていくこと」とされています。

最新の調査結果は2021年3月実施のものですが、続く新型コロナウイルス感染症の影響などにより、生活満足度はこれまでの調査結果と比べ低下しました。特に、性別では女性、地域別では地方に比べ東京圏での低下が報告されています。分布の特徴としては、各世代ともに生活満足度が上昇した人と低下した人は同程度の割合で存在することから、この1〜2年の暮らしや働き方の変化がもたらしたポジティブ・ネガティブな影響の出方に、個人間で明確な差異があることがうかがえます。

2021年調査では、「生活満足度」に加え新たに「メンタルヘルス」についての調査項目を盛り込んでいます。「主観的ウェルビーイング 」については、先行する各国や民間団体の調査においてもさまざまな方法で把握する取り組みが行われており、内閣府の調査でも更なる検討を進めるとしています。



まとめ

ここまで見てきたように、GDPのような経済成長一辺倒の考え方から離れ、国や自治体、民間団体、企業など、世界中のさまざまな組織が、それぞれの「幸福とする姿」や「どうありたいか」といった状態を定義し、指標を設定し測定することで、その実現に向けたよりよい環境を整えていくための動きを活発化させています。

格差が拡大し、様々に複雑化する世界の中で、各組織の構成員である一人ひとりが満たされた状態であることこそが、その組織の安定や、場合によってはさらなる成長につながると考えられているからです。

しかし、ウェルビーイングは、そのような組織単位でのみ規定されるものではありません。

社会の動きと同時に、わたしたちも、自分自身の「ありたい姿」を能動的に考えることが大切になってきています。

例えば勤務先などの自分の所属する組織やコミュニティが「ありたい姿」として定めるゴールと、自分自身のありたい姿とを重ねることができるかどうかも、これからの働き方や暮らし方、生き方においてはいっそう重要になってくるのではないでしょうか。

「ウェルビーイング」の定義や測定方法はさまざまにありますが、まずは自分(たち)の「満たされた状態」をつくりだす要素が何であるかを明確にすることが出発点です。

そのうえで、それらの各要素の重要度を丁寧に検討し、達成度を追求していくのが一連のサイクルになるでしょう。

自分のウェルビーイングの鍵は何か?

この世界的な流れを機に考えてみてはいかがでしょうか?


・参考資料

https://guides.lib.kyushu-u.ac.jp/c.php?g=834576&p=6014679

http://www.cc.aoyama.ac.jp/~well-being/perma-positive-psychology/index.html

https://www.oecd.org/tokyo/publicationsdocuments/Beyond_GDP_Servicology2020.pdf

https://www.oecdbetterlifeindex.org/#/11111111111

https://www5.cao.go.jp/keizai2/wellbeing/manzoku/index.html

https://www5.cao.go.jp/keizai2/wellbeing/manzoku/pdf/report05_2.pdf

https://www.globalwellbeinginitiative.org/

https://well-being.nikkei.com/news/well-being-initiative-prospectus_20210319.pdf